11月の株式相場は絶好調。
ダウ平均は史上初めて3万ドルに到達し、日経平均も29年ぶりの高値を更新しました。
その理由として、米大統領選の一応の決着がついた安心感や、新型コロナウイルスのワクチン開発の進展といった要素も重要ですが、ここまでの楽観が生まれた要因は、バイデン新政権の目玉人事である「イエレン財務長官」の報道にあると考えています。
イエレンさんはどんな人?
数年の投資経験がある人はよく知っていると思いますが、ジャネット・イエレン氏はアメリカの金融政策をつかさどる「米連邦準備制度理事会(FRB)」の前議長を務めた人物です。
リーマン・ショックを受けて超緩和政策に踏み切った「ヘリコプター・ベン」ことバーナンキ氏からバトンを受け継ぎ、2014~2018年の4年間にわたり議長職を務めました。
彼女の専門は労働経済学。
夫のジョージ・アカロフ氏も経済学者で、2001年に「情報の非対称性に関する研究」でノーベル経済学賞を授賞したすごい人物です。
ノーベル経済学賞というと難しい数式がバンバン出てくるようなイメージですが、「なぜ人はボッタクリにあうのか」的な本も書いています。
ということで、次から本題です。
歓迎ポイント1:
コロナ対策で大規模財政出動の期待

FRBによる金融政策は景気の下支えに有効性を示すものの、財政政策との協調がなければ期待した効果は得られません。
このことは、アベノミクスで第二の矢とされた「機動的な財政政策」が黒田バズーカほどインパクトに欠けていたため、脱・デフレが道半ばで終わってしまったことからも実感できると思います(3本目の矢はついに放たれませんでした)。
今年3月、FRBは政策金利を一気に1.5%引き下げるとともに、量的緩和を再開。トランプ政権も個人向けの給付金や失業保険の拡充、企業向けの給与保護プログラムなどで経済危機の回避に取り組みました。
これらの対策により、いわゆる「コロナ・ショック」が金融危機に波及することは避けられましたが、コロナ第2波・第3波が到来したことで、またもや経済不安が頭をもたげています。
この事態を受け、FRBは12月に追加金融緩和を示唆していますが、財政政策の方は選挙前のホワイトハウスと議会の対立で停滞。年内の成立は難しい情勢になってしまいました。
そんな重いムードを打ち破ったのが今回の人事です。
スピード感こそ失われたものの、イエレン氏はかねてより追加経済対策の重要性を指摘している人物。また、その手腕は民主党だけでなく共和党からも評価されているため、イエレン氏が両党の対立に終止符を打ち、スケールの大きい経済対策を実行に移してくれる・・・という期待感が生まれました。
さらにFRBとしても、金融政策に誰よりも精通し、かつ政治的権力とは一歩離れた立場に見えるイエレン氏とは共同歩調を取りやすい環境。効果的な金融・財政政策への期待も、相場を強気に向かわせています。
歓迎ポイント2
FRB議長時代の「出口戦略」が評価
イエレンFRB前議長の最大の功績は、リーマン・ショックの2008年から続いていた米国の超緩和政策を正常化に導いた「出口戦略」にあります。
金融緩和・低金利政策による適度なインフレは景気を底上げするメリットがある一方、過度なインフレになると物価と賃金のバランスが崩れたり、資産価値の目減りを招いたりと副作用が大きくなります。
そのため、FRBなどの中央銀行は国債購入を控えたり政策金利を上げることでインフレを落ち着かせる政策をとりますが、タイミングを見誤るとデフレ不況を招いてしまいます。
典型的な失敗をした例がバブル崩壊後の日本です。
政府・日銀ともインフレを恐れるあまり、少し景気が上向くと消費税を引き上げたり、日銀はゼロ金利政策を解除したりという拙速な政策転換を繰り返したことで「失われた20年」を招いてしまったのです。
イエレン氏がFRB議長に就任した2014年は、米国がリーマン・ショックから着実な立ち直りを見せていた時期。ダウ平均も2013年時点でリーマン・ショック前の高値を超えており、バーナンキ議長による金融緩和路線からの「出口」が強烈に意識されていました。
任期前半は規定路線となっていた資産買い入れを終了させたのみで低金利政策は維持されたままでしたが、2015年12月、FRBは9年半ぶりとなる政策金利の引き上げを実施しました。そして以降も0.25ポイントずつ、最終的には政策金利を1.25~1.50%まで引き上げたのです。
一般的に、利上げが行われると株価は下がります。
このときのダウ平均は以下のような推移をたどりました。

もちろん良好な外部環境が後押ししたという要因はあるものの、初回の利上げ以降はきれいな右肩上がりで上昇しています。
この事実1つとっても、イエレン氏は市場との丁寧な対話を経てソフトランディングに成功させたことが分かります。
当時の実績がなぜ今回も評価されるかというと、「コロナバブルの後始末」への期待です。
FRBとは役割が異なるとはいえ、財政トップがこの“後始末”を経験したことがあるのとないのとでは安心感が段違いです。
不安要素はある?
イエレン氏は11月30日、ツイッターで以下のコメントを寄せています。
We face great challenges as a country right now. To recover, we must restore the American dream—a society where each person can rise to their potential and dream even bigger for their children.
As Treasury Secretary, I will work every day towards rebuilding that dream for all.
訳:私たちは今、国として大きな課題に直面しています。回復するためには、アメリカンドリームを取り戻さなければいけません。私は財務長官として、すべての人の夢を再建するため日々努力していきます。
先ほどイエレン氏の専門は労働経済学と述べましたが、FRB議長時代にも雇用の改善に注力するなど、目線は弱者救済に向けられています。
当然、弱者視点で財政運営をするのは素晴らしいことですが、冷酷な市場は必ずしもそうは考えません。
追加経済対策の終了後に「格差是正」がテーマになり、バイデン氏が掲げる富裕層増税やGAFA規制といった対策を実行に移してほしくはないのです。
また、イエレン氏は温暖化対策として「炭素排出税」の導入にも賛同していますが、これを自動車産業・運輸産業などが喜ぶはずもありません。
任期当初はコロナ対応が中心となることもあり、市場はハネムーン的なムードに包まれています。けれども、上記のような「民主党的スタンス」が前面に出ると、相場は一気に手の平を返しかねません。
FRB時代の出口戦略さながら、柔軟な姿勢で財政運営を遂行できるか要注目です。